【地獄と成長の一年】東大に入るまでの浪人体験記

未分類

こんにちは。takuです。

今回は「僕が現役で東大に落ち、一年後に東大に受かるまでの浪人生活」についてお話します!

ついに、この話をする日がやってきました…

【今回のポイント】
現役で東大受験に失敗したtakuが過ごした、1年の地獄と成長の浪人生活を語る…!!
【こんな人にオススメ!】
いや、これは皆見た方が良いでしょ?って感じで作ってます笑

今回は東大受験合格体験記第2弾です!

プロフィールに書いております通り、
僕は一年の浪人生活を経て東大に入学してます。

この東大までの道のりですが、決して楽な道のりではありませんでした。

今でこそ、東大ブランドを使って散々にイキっていますが笑、
相当苦労しました。正直地獄でした。

今回は僕の浪人生活をできる限り全てお話して、
皆さんに様々なことをお伝えできればと思います。それでは!

これで決まりだ!

浪人を決めたきっかけ

まずはじめに、僕が浪人するに至った経緯ですね。

合格体験記シリーズの前回にて、僕は東大を志す経緯まではお話しました。

それで実際に東大受験をするんですが、高校3年生での現役受験では大失敗をしました。
※いずれシリーズ次回として失敗談をお話します笑

この大失敗についてですが、大抵東大受験をする受験生は
滑り止めとして早慶上智の私立大学を受験することになります(は?!)。

僕はそれすら失敗したんですよね笑

ほぼすべて壊滅状態、せめて情けで受けたMARCHの
センター試験(今でいう共通テスト)の利用入試で受かったくらいの感じでした。

浪人をするパターンは大きく2つあり、1つは第1志望に行くための浪人というパターンと
もう1つは全部落ちて浪人するというパターンです。

僕はそのうちの後者、「全落ち浪人」のパターンだったわけです。

1年間の浪人生活

当初は友達を作ろうとしなかった

浪人当初、僕は友達を一切作ろうという気がありませんでした。

高校3年生当時、それまでの模試の成績では東大C判定(確かギリBを高1で)が最高判定スコアでした。
早慶レベルの判定はA判定を取ることも1回はありました。

なので客観的には、頑張れば東大に受かってもおかしくはないし、
早慶レベルであれば受かるだろう、くらいの学力は持っていたはずでした。

こういう背景があり、僕は当時受験を甘く見ていました。

滑り止めは早慶。東大は難しいけれど早慶は余裕。浪人は絶対にあり得ない。

今思うとマジでアホですが笑、やはり多くの東大受験生が
こういう考えでイキっていると言ってもおかしくないと思います。

やはりそれだけ今まで勉強に時間を費やしてきているわけですからね。

僕もそういう考えで受験に臨んでいて、
全落ち浪人というレッテルを食らうという屈辱を勝手に味わいました笑。

だから一人で黙々と勉強する、予備校で仲間とかコミュニティ作りとかするべきではない、
こういう考えがあって友達を作ろうとしなかったわけです。

当時のことを思い出すと笑いが止まりません笑。
本当にひどすぎるくらい「話しかけるなオーラ」を出していましたからね笑笑

もちろん、一切話さないっていうことはさすがにありませんでした。

プリント配布とかでコミュニケーションは取る必要があるし、
先生・スタッフの方とも相談することもありましたからね。

予備校のクラスでの印象

さてここまで友達作りをしなかった話をしましたが、
僕が通っていた予備校のクラスの印象を振り返ってみます。

まずクラス全体の雰囲気ですが、
雰囲気自体はそんなに暗くはありませんでした。

やはり予備校も学校ではあるわけですし、
友達を作って仲間として切磋琢磨しあって受験を乗り切るのも一つの手です。

ただはっきりいってピンキリでした。

僕が所属していたクラスは東大志望のクラスで、京大東大の文系で一つにまとまっていたんですが、
すごく成績の良い人ももちろんいる一方で、アホも一定数いたんですよね。

例えば席が隣の子がいたとするじゃないですか。
たま~~にその人をカンニングするわけです。

もちろんテストじゃないよ?笑
授業中にその人のノートを見たりすると、完全に板書を書き写すだけとかね。

もちろん、書き写すだけじゃダメなのか?って言われるとダメではないとは思うんですよ。
だけど、予習も復習もメモも何もしてなくてめちゃくちゃキレイなんですよ。

まじめに勉強して勉強ができるようになると分かるんですけど、
その人がどういう勉強をしているのかってノートとかを色々見ると分かるんですよね。

せっかくですので、ちょっと面白かったと僕が思う人がいるので、
浪人体験談に並行して話を進めていきます。仮名はハナコさんで。女子です笑

ハナコさんは控えめにいってちょっとブサイクです。
あと、あんまりスタイルも良くない。太ってます。(これ全部笑を付けて読んでください笑)

ハナコさんの成績とか解答用紙とかを見ることが結構多かったんですが
(もちろんカンニングじゃないからね!試験中に見てないからね!!)、珍解答がちらほら。

例えば「xの値を求めなさい」なのに「a=○○」って書くんですよ?
アナタ日本語ワカリマスカ??

あとなんだか知んないけど、めちゃくちゃぶりっ子な声で喋るんですよね。
全然可愛くもないのに。(ちなみに声は他の人と喋ってる声が耳に入った程度)

あとハナコさんではないんですが、コンビニでアメリカンホットドッグとか
骨なしチキンとか買って食べる人がいるんですよ。すっげー教室が匂うのよ笑笑

ここまでで話した人たちは皆東大には行っていないはずです。もちろん京大も。

一方で成績上位者。あのね、女子で可愛い人は京大東大どっちかには行ってる…

男子については大きく2パターン。
成績上位者組のコミュニティ出身者と僕みたいな無所属出身者(しかもちょっと変わったメンツ)。

今ではクラスから東大に行った人でライングループを作ってるくらいの関係性ですが、
まあラインすることはほとんどないんだけど、ちゃんと繋がっていますね。

総じて言うと、以降も話しますが浪人は相当苦労します。
それだけあって浪人して東大入る人、難関大学に受かる人は精神的に相当成長します。

あと、そもそも恵まれている人がやっぱり成功しやすいです。
単純にブスとかバカとかで自信が無かったりすると、結構現実逃避をしたりするわけです。

現実と向き合いひたむきに努力する。
そう言う人はやっぱり外見でも中身でも魅力的だし、成功もしやすいってことですかね…

予備校では無双していた話

さて次は予備校の中での成績の話です。

正直、無双しまくってました。

実際の成績で言えば、かの駿台全国模試という鬼畜と言われている模試で
A判定を取ることが何回かありました。東大模試とかでもB判定とC判定が半々。

実は予備校内での成績優秀者にも選ばれています。しかも2学期両方とも。
景品ももらいました。目覚まし時計。

ここまで無双していた理由は結構簡単で、
一年高校で受験勉強した貯蓄があるからですね。

加えて、本シリーズの次回で説明すると思いますが、
高校生当時は大学別の対策をせずに全般的な学力を伸ばしていたことも理由として言えます。

これは痛恨の大失敗で受験失敗の大きな原因だったのですが、
ある意味ではこれが東大合格、あるいはそれを超えて今の自分に繋がっているとも言えますね。

ちなみにですが、クラス内でも成績優秀者の掲示がありました。
がっつり載っていたので割とクラス内では優秀な印象を持たれていたかもしれないですね。

成績優秀者の掲示で言えば、やはりライバルになる存在がいるわけです。
僕が意識していたライバルは本当にすごい人で、一年間ずっと意識していました。

彼もがっつり東大に受かっています。いや~彼はすごかったなぁ…

そしてそして女子も名前が載っています。
僕の記憶する限りでは載っていた優秀な女子はまさに才色兼備でした。すげぇよ。

本当の地獄は秋からだった

そんなこんなで話しかけるなオーラを出したり、時々喋ったりの生活でしたが、
本当の地獄は秋からでした。

大学受験を本当に意識するのは10~11月からです。
というのもセンター試験(現共通テスト)の出願や2回目の冠模試の時期がその辺りにあるからです。

浪人生はここからが大変です。一度、失敗を経験しているので
そのトラウマで「ミスったらどうしよう…」という考えが現役の3倍以上出てきます。

現役と比較すると、現役時は判定は良くないけれど追い上げができそうだと思って
むしろ勢いに任せて頑張ろうとします。当然ながら、知識さえつければ成績が伸びる状態なので追い上げは可能。

一方で浪人時はある程度知識はついている状態なので、これ以上の伸びしろが比較的なくなってしまいます。
そうすると、今度は追い上げる人達から逃げきることを意識し始めます。

皆さんもマラソンや50m走をイメージすると分かるかと思うんですが、
逃げ切ることを意識するのは結構辛いです。やっぱり追い抜く対象がある方が頑張れます。

これと全く同じように、秋以降になってから
「できなかったらどうしよう…」っていう思いで相当悩みました。予備校のスタッフさんにも相談しました。

こういう時に僕はどうしたかと言うと、
ひたすら勉強に打ち込んで気を紛らわせるしかありませんでした。

一方で、一つだけ成績を安定させる方法があることに気付きました。
それが「問題の解き方論」でした。

この解き方論は、受験が終わった後に家庭教師で教える際に作ったノウハウの原型になりました。
簡単にですがご説明します。

要領としては、スポーツの試合と全く同じです。
最初にリズムをつくれば良いわけです。

まず、解く順番を最初に決めます。この時に最初に簡単な問題を焦らず慎重に解きます。
この問題だけは絶対に満点、最低でも高得点は取れるようにします。

つまり、取れるところをしっかり取れれば良いわけです。

もし、難しい問題があってそれが解けなかったとしましょう。
その問題を解ける人はそう多くはありません。

皆が解けない問題に時間を費やしすぎると、かえって解ける問題を落としてしまいます。
だから無理に解かずに捨て問にしておくのです。

簡単なメソッドですが、これだけでプレッシャーを大きく減らすことができます。

これに気付いたのは12月に解いた第3回の駿台全国模試の数学でした。
その時の成績は9割越え、偏差値80越えと神がかっていました。

あと、もう一つ良かったのが演奏経験です。
小学生の時にはピアノ、中高時代は吹奏楽部に所属していたので、本番には結構強かったです。

入学試験は一発勝負です。スポーツや演奏の経験を通して「勝負強さ」を持つこと、
これが部活をする最大のメリットであり、やっぱり勉強だけじゃダメだと思いますね。

Sponsored Links

地獄の浪人の結末は栄光と成長

試験直前まで続いたプレッシャー

ただ、どんなに頑張ってもプレッシャーは続きます。

プレッシャーの話で言うと、腹痛持ちの僕だったんですが、
お腹を壊すことがすごく多かったと思います。

腹痛は本当にひどくて、上智大学の入試の朝に
お腹を壊して目黒駅で途中で降りてトイレに駆け込むこともありました。

あとは肩ですね。勉強をずっとしてるわけなので肩が結構辛かったです。

この腹と肩の痛みのエピソードをお話すると、
まずお腹については食事は少し意識してました。

とはいうものの、基本毎日おにぎり3つ、塩にぎりです笑
で、軽食に甘い食べ物を食べて糖分補給をしてました。

この昼ご飯をずっと続けてました。まあチャーハンやタコライスも時折お弁当で食べてましたが、
模試や大学入試では塩にぎり3つをちゃんと食べていましたね。

この食生活を習慣かさせるとある種ルーティンとなってリズムを作ります。
こうすることで体や頭のスイッチを切り替えることができるわけです。

一方で肩ですが、すごい大きいバンテリンがあるので
それを買って塗りたくってました。

これが本当におもろくて笑、東大の受験会場に持ち込んで塗って
試験官の方に変な顔で呆れられていたのを今でも覚えています笑笑

これもある種願掛けです。自分のルーティンにしていくことで
リラックスした状態を無意識に作ることだってできます。

あとは鼻づまりがすごいのでティッシュを持ち込むとか、寒いからカイロを持っておくとか。
色々尽きないですが、そういうのを日頃から使っていればいつも通りの気持ちで受験に臨めます。

よく言われますが、このいつも通りの調子が本番で力を発揮するのに一番良いんですよね。

今思えばそういうルーティンと受験のプレッシャー・緊張が
上手く嚙み合って集中できていたっていうことも大きいかもしれません。

試験直前のエピソード

もう一つ、受験において大きな課題がありました。
それは苦手科目の国語をどう対処するか?です。

僕は文系選択だったんですが、コテコテの理系人間で
数学が得意、国語が苦手というちょっと特殊だけど有利な立ち位置でした。

ただやはり国語の配点が大きいので、
それに対してどうするべきかはずっと悩んでいました。

当時実際にどう対処したかと言うと、予備校の授業をしっかり受けることは意識しました。
これは当然教える講師の方がノウハウを多く持っているはずだからです。

そもそもの話、基本的に授業はちゃんと受けていました。
やっぱり授業内で露骨に内職すると激おこぷんぷん丸になる先生もいましたからね。
※ちなみに内職して怒られた女の子も確か東大京大に受かってないはず

それに内職は授業を受けていないことと同じで、これは先生のノウハウを受け取らないことになるので、
お金払って予備校に通っている意味があまりありません。

もちろん、僕も実は内職することは結構ありました。
ただ、これはやっぱりリスキーなので露骨にはしませんでした。

例えば数学の授業では得意だったこともあり、予習で問題を解いて
解答と解法が正しいことを授業で確認しつつ、東大数学の過去問をルーズリーフに書いて解くとか。

やるとしてもこんな感じです。せめてバレないようにやる。
まあそもそも内職はあんまり良くないとは思うけど、効率化できる範囲でならって感じです。

先生の話を聞くっていう話だと、聞くを超えて頼りまくっていました。

古文漢文では、それぞれの担当講師の先生に過去問を添削を受けまくって
採点基準をもらい、どうやって点数を取るのかを考え続けていました。

採点基準は最強です。なぜかと言うと、点数を正確に出すことで
自分に何が足りないのかをより分かりやすくすることができるからです。

そして最後にもう一つ、根本的にどうすれば国語ができようになるのかを
本質的に考え続けていました。

しかし、これはつかみどころがない抽象的な話なので難しく考えがちになります。
そうすると逆に意味が分からなくなってしまうんですよね。

その中で僕が起こした行動が、母親と問題を解くというものでした。

ちなみに母親は東大卒どころか、東大とは無縁の人です。
それでもなぜ母親を頼ったのか。

それは、人生経験的に常識的な国語力を備えていると考えたからです。

常識的な国語力というのは、能力が平均ということではありません。
学術的なものではなくて、一般的・日常生活のレベルにおいて読解力が卓越しているということです。

2年も受験生活をしていると解く問題が限られます。
同じ問題を解きすぎても解法を覚えているから意味がなくなってしまうわけ。

その中で、面白半分でやってもらおうかな~って思ったのがそれでした。
これがなんとめちゃくちゃ功を奏しました。

実際に母は解答を作って解説して…とまではいかなかったんですが、
「この文ってこういうことでしょ?」って平然と言われました。

「難しく考えすぎ、もっと普通に普通に」みたいなことを言われ、
僕自身も「えっいや違うだろ」って感じでしたけど、考えてみれば本当に正しかったです。

よく言われる話ですが、関係のない普通の人の意見だったり、
全く違うジャンルの人のアイデアを聞けばイイ感じの化学反応が起こるものです。

ある意味、多面的思考っていう賢い考え方とも似ています。
今思えばあの無駄に思える時間がめちゃくちゃ良い機会になったと思っています。

東大入試から合格発表までの緊張の時間

そんなこんなで入試を戦い抜きます。

2次試験をすべて終えてから東大の合格発表まではどうだったかをお話すると、
無双しすぎて違う問題が起こっていました。

まず東大以外の入試の話ですが、最初に受けたセンター試験は
受け終わった翌日に自己採点をします。

この自己採点の結果ですが、900点中の大体9割ちょい上くらいだったんですが、
得意の数学ⅡBで少しこけ、英語で大きくこけて結構ギリギリの成績でした。

ちなみに東大は800点くらい取っていれば2次次第で十分合格を狙えるので
そこは良かったのですが、問題は私立です。

私立のセンター試験利用は早稲田大学を受けました。
この早稲田ですが、800点中720点はマスト、720以上でもギリギリでした。

先述の通り9割ちょい上なので相当ギリギリでした。
※ちなみに後日談ですが、科目次第では成績が伸ばせるシステムで実際は大丈夫っぽかったです。

センター試験利用。本当に優秀な人が受かるものだったんですが、
模試とか予行練習で解いたときは十分狙えたので、スタートダッシュのためにも絶対受かりたい状況です。

そして、発表当日。電話発表のため電話をかける…
試験番号を入力する…次はパスワード。

パスワードを入力して、最後の番号…

行け!!!! ポチッ

「おめでと…」やったーーーーーーー!!!!

こんな感じでした笑笑

嬉しすぎて飛び跳ねながら母親とハグ笑笑
あれは忘れられない笑。さすがにハグせざるを得ない笑笑

この時点で浪人生活にピリオドです。
アグレッシブになれます。余裕が持てます。

ここから快進撃が続きます。
上智大学、早稲田大学、慶応大学…

基本的に受けたところは全部受かりました。無双です。

ただ一つ問題が発生します。

あれ?東大落ちたらどこに入学しよっか…😅

大学に合格すると入学金を払います。タイミングしだいでは東大合格すれば
入学金を無駄にすることになります。その額、云十万円単位。

ここで家族の間で揉めに揉めまくります。
結局出した結論が「東大の合格発表をまず見ること」でした。

東大に落ちた時に親から後期試験を受けることも指示されました。
これは浪人当初にした約束があったからです。

当時、後期試験は少なくなっていました。
これは国公立の推薦入試制度導入が理由です。

少ない学校の中で僕は一橋大学の経済学部を選択しました。
相当レベルが高いんですが、一橋実践模試を受けた時に成績優秀者に載るくらいなのでOK笑

ただ、東大の合格発表までの間、勉強が手につきませんでした。
集中力を東大受験で全て使い果たしてしまっていました。

私立は無双したし、東大に受かることも信じてはいたものの
不安がすごかったので、本当に勉強が全くできない。

この時点で勉強をすることは諦めました。限界でした。

では何をしたのか?努力の次は祈りです。
ひたすら神様に祈りまくりました。

しまいには、平泉にある中尊寺へお参り笑。
親を連れて金色堂を拝みひたすら手を合わせて「お願いします、お願いします(´;ω;`)」

皆さん、これが浪人の成れの果てです。

ここで、例のハナコさんのエピソードがもう一つ笑。

センター試験が終わった後に自己採点をして予備校に点数を用紙に書いて提出するですが、
見ちゃったんですよね~、ハナコさんの点数を。

ハナコさんはどうやら東大文科一類に行きたかったそうなんですが、
センター試験の自己採点の点数で僕が見た数字は5○○でした。

正直目を疑いました…思わず二度見しそうになりました。マジかと汗

それ以来、ハナコさんを予備校で見かけることはありませんでしたとさ。

合格発表

そして合格発表当日。

当日は朝に愛犬の散歩をしながら、ひたすらに神様にお祈り。

そして12時の開示の時間になります。両親とパソコンを開いて画面に目を凝らします。

この時まず見たのが合格最低点です。
なんとなく点数は予想していたので、それを超えているかどうかを確認しようとしました。

この最低点、結構高くて絶望しました。
あ、無理だ。終わった…

そこから番号を確認したのでドキドキ半分、諦め半分で見ていました。

そしたらあったんですよ、自分の番号が。

まず見た瞬間に雄たけびを上げます。その次にキッチンへ走って飛び跳ねます。
冷蔵庫を飛び膝蹴りした後はソファへ走ります。ソファの上で飛び跳ねます。

この一連の行動の後、思いっきり犬に怒られて足をガブリ笑

あとはそのまま本郷キャンパスで記念撮影をして、
予備校へお礼へ行き、僕の地獄の浪人生活は終わったわけです。

終わりに―成長と感謝

最後に、この一年間を振り返って思うこと。

それは「成長と感謝」です。

まず、浪人生活を通してずっと勉強をして学力は伸びたことはもちろんそうなんですが、
なにより考えること、頭を使う技術は格段に成長しました。

この浪人生活での勉強は今の勉強観にも影響していますし、
当ブログで僕がお話していることにも全て反映されています。

そして何より精神的に成長しました。
俺って本当に無知だし、傲慢で調子乗ってるんだな」ということを痛感しました。

自分自身、謙虚な態度で悪いところはしっかり直して
自分が変わっていくべきなのだと気づき、今でもそれを心掛けていきたいと思っています。

最後に感謝です。この長くつらい一年でたくさんの人に支えてもらいました。

毎朝早く起きてお弁当を作る母親、学費のためにお金を頑張って稼ぐ父親。
両親には特に支えてもらったと痛感しました。親戚の人もそう。

その中で僕が一番感謝を伝えたいのは我が愛犬です。

この記事を上げる一年前の夏に彼は亡くなりましたが、
浪人生活ではずっと心の支えでした。

高校卒業の春、東大に落ちた直後にソファでうずくまって泣いていた時、
彼は静かにソファに乗ってそばにいてくれました。

受験勉強の合間に夕方よく散歩に駆り出された時は
大切な気分転換の時間を彼と一緒に過ごしました。

東大に受かった時は思いっきり怒られました。「調子に乗るな」と。
あるいは一緒に吠えて喜んでいたかも…多分怒られたっていうのが正しいですね。

なんなら僕が入試本番で解いた問題のテーマが「小動物」の話でした。
彼がいたおかげでそこまで苦労せずに解くことができました。

こうした家族の存在に支えられて今の自分がいると思います。
あの受験生活を思う度に「自分は本当に恵まれているな」とつくづく思います。

この場を借りて感謝を申し上げます。

そして、今これをご覧になっている方、特に浪人生。

辛いけど頑張れ、っていうのは簡単です。
でも、耐え切れずに逃げ出してしまうこともいっぱいあるでしょう。

だから僕は敢えてこう言いたい。

自分が今生きている意味を考えてくれ。

自分が浪人してしまったのは親のせいかもしれない。先生のせいかもしれない。
自分に才能が無くて恵まれていなかったのかもしれない。

たまには逃げ出したっていい。たまにじゃなくてもいい。
けど、今俺は何してるんだっけ?何がしたいんだっけ?と自問自答してほしい。虚しさに危機感を持ってほしい。

最後に決めるのは自分自身。どう思うか・どう考えるかも自分自身。

自分のしていることに責任を持て。それが未来に繋がると僕は強く思います。

Sponsored Links

最後までご覧いただきありがとうございます!
もしよければコメント・ツイッター共有・拡散をよろしくお願いします!
それでは!

チャンスを掴め!